開聞岳は特攻隊を見送りました|池田湖と長崎鼻は開聞岳の写真スポット

開聞岳は特攻隊を見送りました。

開聞岳 特攻隊

開聞岳は知っていましたが、特攻隊を見送った山だとは知りませんでした。

昔々、社内旅行というのが普通に行われていた頃に指宿に来ましたが、その時は社内旅行ということもあり、特攻隊の話は一度もありませんでしたね。(単に記憶がないだけかも…)

ただ、流しそうめんなどを食べた記憶だけがよみがえりました。

池田湖から長崎鼻へ行くコースが一般的な観光コースだと思います。

平日は観光客も少なく、静かにまわれます。

今回は開聞岳をメインに写真を撮ることができました。

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開聞岳と特攻隊

開聞岳 特攻隊

知覧特攻平和会館にも行きました。

飛行機に爆弾を積んで、片道の燃料しか入っていない飛行機に乗り、若い人が戦艦に突入しに行くなんて、ひどい話ですね。

戦争が引き起こした悲劇でしょうが、実際にこの戦法を考案した人がいます。

もし、自分の子供が特攻機に乗り、戦艦に体当たりをしに行かなければならない状況になったとしたら、考案した人は納得して送り出せるのでしょうか?

こちらの記事もご覧ください。

知覧特攻平和会館を巡った感想|来館者は自然と涙します

東京の靖国神社に展示してある「回天」も同じですね。

靖国神社で本物の「回天」を見ました。

これに乗って海に入るのかと想像するだけで、息が詰まりそうになりました。

「回天」は操縦そのものが、むずかしかったらしいです。

回天も考案者がいて、回天の横に考案者の名前と顔写真が展示してありました。

靖国神社は一種独特で、戦争を懐かしむような、戦争賛美の雰囲気がありました。

「何か変だな」と感じましたよ。

回天特別攻撃隊

開聞岳 特攻隊

出典:matome.naver.jp

回天特別攻撃隊

昭和19年2月、海軍は人間を乗せた新型魚雷の開発に踏み切る。搭乗員が生存できる可能性を残すため脱出装置をつけることが条件だった。しかし戦局の悪化とともに、開発が難しい脱出装置は断念された。搭乗員の命を犠牲にすることを前提とした兵器、人間魚雷の誕生である。

人間魚雷回天、前方部分につめられた爆薬は、それまでの魚雷の3倍に相当し、空母を沈められるとされた。操縦席には自爆装置がついていた。気を失って前傾姿勢になれば、爆発する仕組みになっていたのである。たとえ命中しなくても、二度と戻ってはこられない兵器だった。

戦局を挽回するとうたわれた特攻兵器「人間魚雷回天」。作戦の開始から9ヶ月、撃沈した敵艦は確認されているだけで3隻。回天で命を落とした若者104名にのぼる。

出典:http://www5a.biglobe.ne.jp/~t-senoo/Sensou/

命を粗末にし過ぎます。戦争の狂気と言って終わらせられません。

今の平和な時代がずっと続きますように、祈りたいですね。

開聞岳の写真スポット

開聞岳 特攻隊

開聞岳の写真スポットはたくさんあると思いますが、観光コースに沿った写真スポットは池田湖と長崎鼻です。

特に長崎鼻から見た開聞岳は、さすが薩摩富士と言われているだけある美しさです。

撮影当日の長崎鼻は風が強く、危なくて断崖絶壁には近寄りませんでした。

勇敢にも、ぎりぎりまで行って撮影しているおじさんがいました。

池田湖から見た開聞岳

開聞岳 特攻隊

イッシーくんいました。大ウナギだという説があるそうです。

開聞岳 特攻隊

池田湖は大きいです。湖の向こうに開聞岳が見えます。

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

長崎鼻から見た開聞岳

浦島太郎?? 知らなかった~ 無理してる感じがしますが…

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

ごつごつした溶岩だらけです。

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

薩摩長崎鼻灯台 竜宮伝説の地だそうです。

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳 特攻隊

開聞岳と特攻隊 まとめ

開聞岳 特攻隊

開聞岳のイメージが変わりました。

鹿児島にある山という印象だけでしたが、特攻隊員の方が最後に見た日本の景色(山)だと思うと、つらいですね。

世界中で戦争が続いていますが、平和な世の中になってほしいです。

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