首里城の入場料と割引|首里城の所要時間は意外とかかります【要注意】

首里城の入場料はいくら?

首里城の入場料

長い間、行ってみたいと思っていた沖縄に、とうとうオジャマしました。

沖縄に行ったら、首里城は外せない観光地です。

王国時代の首里城は1945年の太平洋戦争によって消失しました。

それは首里城の地下に第32軍司令部壕があり、攻撃目標になったからです。

有名な沖縄戦ですね。

琉球王国はおよそ450年続きました。

琉球王国は1609年に日本の薩摩藩によって占拠され、1879年に明治政府の命令により、沖縄県になりました。

首里城公園管理センター

場所:沖縄県那覇市首里金城町1-2

TEL:098-886-2020

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首里城の入場料と割引

首里城 入場料

首里城は【奉神門】から内側が有料であって、城郭(城壁)にある【歓会門】・【木曳門】から下之御庭までは、全て無料です。

首里城の入場料(一般)

大人:820円

高校生:620円

小中学生:310円

6歳未満:無料

首里城の入場料(団体20名以上)

大人:660円

高校生:490円

小中学生:250円

6歳未満:無料

ゆいレールのフリー乗車券(一日券・二日券)を利用中の方は乗車券を提示すれば、首里城公園券売所窓口で団体料金に割引されます。

ゴールデンウィークのこどもの日(5月5日)は中学生以下は入館料無料です。

首里城を巡る所要時間

首里城 入場料

首里城公園をまわる所要時間は約1時間20分といわれています。

有料区域施設(正殿、御庭、南殿・番所、書院・鎖之間、黄金御殿・寄満・近習詰所・奥書院、北殿)を含めて、すべて見てまわると、結構時間がかかります。

首里城 入場料

私は予備知識ゼロで、とにかく沖縄に行こうという、ほんの軽い気持ちで首里城を訪れました。

戦争で焼け落ちたため、新しく造られた部分が目に入り、何となく見過ごしてしまった施設がたくさんあります。

いろいろと調べると、もっとしっかりと見ておけばよかったと反省するほど、いい加減な見学をしていました。

おすすめの見学コース

首里城 入場料

一般的なおすすめの見学コースがあります。

どのような施設なのかをしっかりと知ってから見ると、見方がずいぶん変わると思います。

①から⑳を順にまわると効率的です。

(参照:http://oki-park.jp/shurijo/ https://ja.wikipedia.org/)

① 首里杜館

首里城 入場料

「すいむいかん」と読みます。

「首里杜館」は首里城公園のインフォメーションセンターで、情報展示と休憩のための施設です。

② 守礼門

首里城 入場料

「しゅれいもん」と読みます。

守礼門は2,000円札に描かれています。

門の上に、「守禮之邦(しゅれいのくに)」と書かれた額があります。

これは「琉球は礼節を大切にする国である」という意味です。

守礼門は戦争で焼けてしまいましたが、1958年に再建されました。

③ 園比屋武御獄石門

首里城 入場料

「そのひゃんうたきいしもん」と読みます。

これは首里城跡、玉陵と並び、沖縄の世界遺産の一部です。

国王が外出するときに、安全祈願をした拝所です。

④ 歓会門

首里城 入場料

「かんかいもん」と読みます。

「歓」はよろこぶという意味で、「歓会」は歓迎するという意味です。

歓会門の大きな彫刻は「シーサー」といい、魔よけのために置かれています。

⑤ 瑞泉門

首里城 入場料

「ずいせんもん」と読みます。

めでたい水、立派な泉という意味です。

この門の右側に龍の彫刻の口から出る湧き水があります。

首里城 入場料

首里城で唯一、沖縄戦をくぐり抜け、現在まで残っている龍の湧き水を「龍樋(りゅうひ)」といいます。

瑞泉門の両脇に立つ、泉をほめたたえた石碑が7つあります。冊封七碑と呼ばれています。

⑥ 漏刻門

首里城 入場料

「ろうこくもん」と読みます。

漏刻とは水時計のことです。

漏刻の「漏」は水が漏れるという意味で、「刻」は時刻の「刻」です。

日影台(にちえいだい)は日時計です。時間をはかります。

首里城 入場料

万国津梁の鐘(ばんこくしんりょうのかね)は1458年に作られました。

首里城 入場料

万国津梁の鐘とは?

今首里城にある鐘は複製で、本物は沖縄県立博物館にあります。

元々、本物は首里城の正殿に前にかけられていました。

この鐘には、「琉球国は南海の美しい国であり、船を万国の架け橋とし貿易で栄える国である。」と、琉球王国が海での貿易で栄えていたことが書かれています。

朝鮮、中国、日本との間にあり、栄えました。

⑦ 広福門

首里城 入場料

「こうふくもん」と読みます。

「広」とは広がるという意味で、「広福」は幸せをひろめるという意味です。

建物が門になっています。

この門の中には、士族の財産争いを調停する「大与座(おおくみざ)」と、お寺や神社を管理する「寺社座(じしゃざ)」という役所が置かれていました。

広福門を入って正面にみえるのが「首里森御嶽(すいむいうたき)」です。

首里森御嶽は神様が造ったといわれる聖地です。首里城にはいくつも御嶽(うたき)といわれる聖地があります。

⑧ 系図座・用物座

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「けいずざ・ようもつざ」と読みます。

広福門を入って右手にみえるのが系図座・用物座です。

系図座は士族の家系図を管理していた役所で、用物座はお城で使用する物品などの管理を行った役所です。

⑨ 西のアザナ

首里城 入場料

首里城の西側に作られた物見台が西のアザナです。

ここは漏刻門で時刻をはかって、西のアザナなどで鐘を使って時刻を知らせていました。

慶良間諸島まで見ることができ、きれいな夕日が沈むのが見られます。

⑩ 京の内

首里城 入場料

「首里森御嶽(すいむいうたき)」の後ろにある石垣の向こうにも御嶽(うたき)がいくつも集まった「京の内」があります。

首里城の中にはこういった御嶽(うたき)が10ヵ所あります

⑪ 奉神門

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「ほうしんもん」と読みます。

「奉神」は神を敬うという意味です。

向かって左側は、お薬やお茶などを取り扱っていた「納殿(なでん)」という部屋で、右側は儀式を行った「君誇(きみほこり)」という部屋でした。

奉神門は3つの門があり、中央の門は国王や中国からの使者など身分の高い人しか通ることができませんでした。

⑫ 御庭

首里城 入場料

「うなー」と読みます。

奉神門を抜けると広場が見えてきます。御庭といいます。

御庭に赤と白のタイルが敷かれて縞模様(しまもよう)になっているのは、儀式のときに役人たちが身分によって立つ位置を決める目印でした。

ここは中国から来た使いの人たちに芸能を披露する舞台がありました。

中央の赤い道は浮道(うきみち)といい、身分の高い人しか通れませんでした。

⑬ 南殿・番所

首里城 入場料

「なんでん・ばんどころ」と読みます。

奉神門から入って右側に南殿・番所があります。

番所では、正殿を訪れる人々の受付や、日本風の儀式が行われました。

南殿だけ赤く塗られていないのは、日本風の建物だから、あるいは日本の役人との交渉にも使われたからだといわれています。

南殿には、国王の肖像画の白黒写真があります。

この肖像画を御後絵(おごえ)といいます。

本物は沖縄戦で焼失しましたが、白黒写真が記録されていたおかげで、復元が進んでいます。

⑭ 書院・鎖之間

首里城 入場料 首里城 入場料

「さすのま」と読みます。

南殿・番所から入り、2階にあります。

王子などの控え室であり、また諸役(しょやく)の者たちを招き懇談(こんだん)する

御鎖之間(おさすのま)と言われる広間がある建物です。

⑮ 黄金御殿・寄満・近習詰所、奥書院

黄金御殿・寄満

「くがにうどぅん・ゆいんち」と読みます。

黄金御殿は、国王や王妃・王母のプライベートゾーンで、2階には居間や寝室がありました。

近習詰所、奥書院

首里城 入場料

「きんじゅうつめしょ」と読みます。

近習詰所は、近習頭や近習役、筆者、側近など、約20名あまりの役人が詰めていた場所です。

その役人たちは、国王の朝夕の雑用や居住空間である御内原からの出入りに付き添っていました。

⑯ 正殿

首里城 入場料

奉神門(ほうしんもん)をくぐって正面に見えるのは正殿(せいでん)です。

正殿にはたくさんの龍がいて、そとから13匹の龍が見えます。

龍の爪は4本です。

  • 石垣の上に建物が立てられていて基壇といいますが、これは中国の建て方を勉強して作られています。
  • 正殿の正面に半円形をした唐破風(からはふ)という屋根は日本の建て方を勉強して作られています。日光東照宮に同じ形の屋根があります。
  • ハの字に開いた階段と龍の柱は沖縄(琉球)独自のものです。

正殿に入ると1階には国王が座った場所があります。

御差床(うさす)といいます。

1階は国王が儀式や政治を行う場所ですが、龍が4匹います。

2階にも御差床(うさす)があり、王府の行事が行われました。

御庭(うなー)側には小部屋があります。正月の儀式のときなどに国王が座りました。

正殿の2階にも多くの龍がいます。

見えない場所に2匹、見える場所に14匹います。

正殿全体には合計で33匹の龍がいます。

淑順門(しゅくじゅんもん)は正殿裏側一帯の御内原(おうちばら)に入るための門です。

御内原(おうちばら)は男子禁制で、国王とその家族以外、入ってはいけない場所になっていて、門番も女性でした。

⑰ 北殿

首里城 入場料

「ほくでん」と読みます。

北殿は役人たちが政治について話し合いをする場所でした。

中国から使いの人たちが来たら、接待をする場所にもなりました。

1853年、1854年にアメリカから来たペリーも北殿で招待されています。

⑱ 右掖門

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「うえきもん」と読みます。

首里城・北殿近く、石畳の坂の上に建つ「右掖門(うえきもん)」は、かつて国王や親族が暮らした正殿裏側の“御内原(おうちばら)”への通用門でした。

⑲ 久慶門

首里城 入場料

「きゅうけいもん」と読みます。

久慶門は首里城外郭の北側に位置します。別名、「喜び誇る」を意味する「ほこり御門」とも言われています。

⑳ 首里杜館情報展示室&休憩所

首里杜館情報展示室と休憩所です。

世界遺産になった理由

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として、西暦2000年12月に、世界文化遺産に登録されました。

沖縄には、琉球王国のグスク(城)や、それに関係する遺産が9つあります。

それらが集まって「琉球王国のグスク及び関連遺産群」という名前で、1つの世界遺産として登録されています。

  1. 園比屋武御獄石門
  2. 中城城跡
  3. 今帰仁城跡
  4. 勝連城跡
  5. 首里城跡
  6. 識名縁園
  7. 座喜味城跡
  8. 玉陵
  9. 斎場御嶽

青字は首里城公園にあります。

評価されたポイント

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」が評価されたポイントは3つあります。

ポイント1

琉球王国が広く日本、朝鮮、中国、東南アジア諸国とのあいだで繰り返し、経済や文化の交流をおこない、交易をして独自の文化をつくりだしたこと。

ポイント2

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に自然・祖先崇拝的な琉球独自の信仰があらわれていて、グスクや御嶽(ウタキ)などが、現代でも琉球独自の自然・祖先崇拝的な信仰の場となっていること。

ポイント3

「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は琉球王国の失われた文化をあらわす考古学的遺跡であること。

首里城の入場料と割引 まとめ

首里城 入場料

沖縄に行く前に、しっかりと調べておけばよかったと後悔しています。

確かに、龍の湧き水「龍樋(りゅうひ)」を見た記憶があるのですが、何となく行き過ぎてしまい、写真もなし。

その代わり、トイレの手洗いの蛇口が龍なのに感動して写真を撮っています。

バカじゃないの、私・・・

首里城 入場料

知識がないって、もったいないですね。

もし、また行く機会があれば、しっかり写真を撮ってきます。

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